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   「+∞展 無限軌道として」

 
 メンバーが変わり、

標榜するイデオロギーがなくても、

順ぐりにエネルギーの連鎖が渡っていき無限軌道に入っていく・・・
 

 

 


 たまに冗談で言うことがあるのですが、それは、何年か(あるいはもっと)先のある日、ブラブラ街を歩いていて、ふと「+∞展」の看板を見つけて中に入ると、全く見知らぬ人たちが展覧会を開いている。そんな場面に出合ったら面白いだろうなということです。
じつは少しそんな願望が私の心の中にあるのかもしれません。

  この+∞展は24年前の1987年から始まり、今回が17回目になります。気がついて周囲を見回すと、確かに特定の美術学校や団体を母体としないグループ展としては、かなり長く、(一定の水準を保っていると自負しつつ)活動し続けてきた展覧会ではないかと思います。
 +∞展はどういう集まりなのかと尋ねられることがありますが、その発端は美術研究所の友人同士の集まりとして始まり、それぞれが進んだ学校・職場、そして美術活動を通して知った作家へと人間関係を広げて集まった団体です。年齢や世代の違いを気にかけず、さらに参加者に声をかけてきたことで、出身の学校も様々に十代から六十代まで幅広い世代の作家がこれまでに関わることになりました。
これまでグループ展に関係した作家は60人以上(パフォーマーや海外の映像作品などのゲストも含めると90人近く)を数えます。

  このグループ展はもともと、美術における特定の主義主張や作品の傾向、コンセプトなどを旗標にして歩んできた集団ではなく、また、強力なリーダーや知名度のある作家を中心にして集まったグループでもありません。
  これまでも、何度かグループの性格付けをより明確にするべきではないかという意見が出され、話し合いました。
しかし結局、「共有しうる理念やイデオロギーが崩壊した今日にあって運動はすでに成立しがたいのではないか」(ヨシダヨシエ氏)、この集合体の性格を固定化することが難しいことを確認することになり、結果として、緩やかな集合体として自在な変化の可能性を保持しつつ、その都度、人数やメンバーの顔ぶれを少しずつ変えながら継続してきました。

  継続ということで言うと、今日のこの国の美術における非常に困難な状況の下で、グループ展としてまとまることでより可能になることもあります。例えば、個人では得にくい空間的に大きな展示スペースを得、様々な作家と出会いお互いを刺激し高め合う場となり、展覧会の観客動員や費用においてもスケールメリットが得られることなどが挙げられます。しかし、ここまで続けることが出来たのは、やはり参加者一人ひとりが制作を継続することに対する強い意志と真摯な姿勢によるものと言えるでしょう。
  作家は自分の作品を表現するために自由で開かれている場所を必要とします。+∞展に限らず、多くのグループや個人がより表現に適した発表の場を求めていますが、公立の美術館などはむしろ利用できる枠が縮小しているのが現状です。活動のためのホームグラウンド(会場)を確保しなければ継続的な運営は難しいのですが、小さな団体が新たに参入することは非常に困難です。発表の場はこれからも求め続けますが、今は力を合わせてその環境を作り出していくしかありません。
 そしてこのグループ展が、「表現する者がほかならぬ自分たちのために見出した場」(小川稔氏)であり続けて欲しいと思うのです。 

  この展覧会も“世にあまたあるグループ展のひとつ”に過ぎませんが、もしすべての参加者が入れ替わっても、表現したいという強い欲求・衝動をもつ人たちにとっての「発表の場」として+∞展がリレー(継続)されてゆく。
それ自体が一つの目的で良いのではないか。人が続くのではなく、運動のための足場が続くという形もあるのではないかと思うのです。
  美術をとりまく社会状況に対し、個人作家が制作する場をどう作っていくか、そして機会としての場を継続し共有していくか。メンバーが変わり、標榜するイデオロギーがなくても、順ぐりにエネルギーの連鎖が渡っていく無限軌道に入っていく。このことが閉塞する現代に為しうる美術活動の形のひとつではないかと考えています。

 

 
   2011年8月 第17回18+∞展に寄せて  
  +∞事務局
 大寺 博 
 



 +∞展事務局  info@modern-art-mugendai.com 



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